今回紹介するのは、リーガルテックの「Holmes」です。

日本では今までなかった、「契約をプロジェクト単位でマネジメントする」ツールで、契約という概念自体にパラダイムシフトを起こす(かもしれない)プロダクトです。
サービス概要について
さっそく図解してみましょう!
図解してみる

ポイントなのは、契約管理のツールであるにもかかわらず、契約書をはじめとした紙媒体が一切出てこないこと、1〜3のやり取りを繰り返すことで、契約に関するやり取りを(ほぼ)完全にクラウド上で完結できることです。
契約を “線” で管理する
契約というのは当事者間の合意で生まれる約束事のようなものですが、その内容を明らかにしておくために「契約書」が交わされるのが通例です。
アルバイトするときには雇用契約書にハンコを押すじゃないですか。あれも契約書です。
企業間でモノを売り買いするとき、ライセンスを付与するとき、従業員を雇うとき……
とにかく、私たちの身の回りは思っているより契約書で溢れています。
ここにTechを入れてアップデートしようとするプロダクトは日本でもいくつかありまして、電子契約のクラウドサイン、契約書レビューのAI-CONやLegalForceなどがそうです。
Holmesも大枠ではここに入りそうなのですが、他のプロダクトと明らかに違うのは、
「契約を、契約書の締結という点で捉えているのではなく、交渉〜締結〜履行という線で捉え、全体をマネジメントしている」
という点です。
わかりやすい例があったので引用します。

契約を線で管理するというのは、まさに逆説の論理でして、それを一つのプロダクトとしてまとめ上げているのが美しいなと思いました。
定説: 契約を契約書締結という点で管理
→逆説: 契約を全体として線で管理
部署間でのやり取りがスムーズに
Holmes上で契約マネジメントをできると何が良いかというと、会社内の部署間でのやり取りがスムーズになるという点。
企業の組織が大きくなればなるほど、部署間のコミュニケーションにはコストがかかります。
ある顧客との契約ひとつ取ってみても、営業部、商品部、マーケ部、物流部、総務部、事業部、法務部……と色々な部署が関わっており、部署間のコミュニケーションが必須であるにも関わらず、一つひとつのコミュニケーションに時間がかかってしまい思うように進まないことも。
また、組織が小さい場合には、タスク管理がしきれなくなったり、更新が必要な契約を見逃したり…なんてエラーが起きかねません。
Holmesでは、その契約単位・プロジェクト単位ごとに区切った上で、それに関わるあらゆる部署の人が一箇所でコミュニケーションを取れるようにしているんです。
しかも、プロジェクト管理に”プロジェクトの流れ”という時間の概念を入れて、フローに沿って必要なタスクや契約書、確認事項などを細分化して管理することができるようになっているので、いつ何が必要で誰が担当しているのか、タスク処理に必要な情報は何なのか、といったものがひと目で分かるようになっているんですね。
お互いの部署がどのような業務をやっているのかを知れるだけでなく、それによる部署間のコミュニケーションが容易になる、関連文書の管理を一箇所に集約できる、などのメリットもあるので、契約をスムーズに進めることができるというワケ。
属人的だったナレッジを共有できる
しかも、会社内で今まで属人的に溜まっていたナレッジを、Holmes上で簡単に共有することができます。
どういうことかというと、今までは、契約書を法務部のある担当者が作っていた場合、その担当者が抜けて新しい人が担当になると、
「どうやって契約結んでたの?どこが自社の重要事項なの?」
といった知見を引き継ぐことができず、過去の資料を引っ張りだすなどして無理くりどうにか業務を遂行する、といったケースが出てきます。
これは、その会社の契約書作成に関する知見が抜けた担当者にのみ溜まっていくばかりで、外に共有されないことで起こる現象です。
Holmesでは、こうしたナレッジを会社内で共有できるよう、契約に関するQAを社内の人が見られるようにしたり、契約書のバージョン管理機能を搭載して「どういった経緯・意図で変更したのか」を見れるようにするなどのシステムを取り入れています。
これにより、社内で無駄なコミュニケーションコストが発生するのを抑え、効率的に業務を遂行できるようにしているんですね。
紙の契約書も管理できる
先ほど挙げた例は雇用関係(=上下関係)なので、Holmes上で契約を完結させやすい類型です。
しかし、企業は当然、他企業とも契約をしているわけで、相手方がHolmesを導入しているとは限りませんし、紙文化が重要視されている点も無視できません。
こちらはHolmesを使ってクラウド管理していても、先方から「うちはどうしても紙じゃないと……」と言われることもあります。
そこで、Holmesでは、紙媒体の書類も管理できるようにして、他社とのコミュニケーションが発生してもHolmes上で管理できるようになっています。
法律面について
ここでは、電子契約の有効性について見ていきたいと思います。
(クラウドシステムがダウンしてHolmes使えなくなって契約業務できなくなっちゃった!顧客先との取引止まっちゃったよ!賠償して!みたいなケースの話は前回やったので、ぜひHubbleの記事をご覧ください。ちなみにHolmesもちゃんと責任制限規定を入れています。)
電子契約の有効性について
さてさて、電子契約です。
アルバイト等で誰しもが一度は結んだことがあるのでは?という契約が、雇用契約です。
「時給○○○円出すから、しっかり働いてね!」というやつですね。
で、契約した時のことを思い返していただきたいのですが、「ハンコ」を押しませんでしたか?
さも「契約書を作るにはハンコが必要だ!」というノリですが、実は契約書の効力自体には、ハンコの有無は関係ありません。
じゃあなんでハンコを押すの?というと、あとで揉め事が起きたときに、「この文書の内容通りの契約を結ぶため、ハンコを押した人が自分の意思で契約しましたよ」というのを裁判で証明する効果があるからです。
契約が有効に成立しているかどうかは、原則として「意思の合致」がキーワードになります。
お互いの意思が「この契約内容で結ぼうね」と一致していればOKということです。
意思さえ合致していればいいので、契約をするとき、本来は書面(契約書)すら必要ありません。
とはいえ、あとになって「そんな内容の契約じゃないよ!」なんてゴネられると困っちゃいます。
なので、ちゃんと意思の内容を契約書に表示して、「この内容だよね」というのが判りやすいようにするんですね。
ハンコは、本人の「確かにこの通りの内容で契約することを確認・了承しました!」という意思を表すためのモノ、と捉えられます(1.事実上の推定、経験則)。
しかも、契約者本人のハンコであることによって、法律上その文書が真正なものであることも証明されます(2.法律上の推定)。
これを図示するとこんな感じになります。

法律用語では「二段の推定」と言ったりします。
裁判では、「 (1.に対して) 確かにハンコの名前は本人だけど、別の人が勝手に押したんだよ! or 同じ名前だけど別のハンコだよ!」とか、「(2.に対して)文書の中身が改ざんされてるよ!」とかいう具合で、文書について争うことが考えられます。
ここでのポイントは、文書の真正を担保するためには必ずしもハンコである必要はないという点です。
例えば、当事者が契約書を交わすときに利害関係のない第三者を同席させて、何か争いがあったときには「確かにこの内容で契約が交わされました」と第三者に証言させれば同じことになります。
で、ようやく電子契約の話です。
電子契約の仕組みをざっくり説明すると、メールアドレスなどの個人識別情報から、電子情報としての”ハンコ”を生成します。これを「電子署名」と言います。
作り方は公開鍵暗号方式でやることがほとんどです(ここの中身はめちゃ面白いんですが本稿の内容からは逸れるので飛ばします)。
で、ファイル(PDFなど)に電子署名をつけることで、紙の契約書にハンコを押したのと同じ事をPC・ネット上でやっているんですね。
電子署名の良いところは、電子署名がいつされたのか分かる点や、ファイルが改ざんされた場合も解析・検知が可能という点など色々あります。
なので、法律的にも、電子署名がされた電子ファイルについては真正な文書として推定しますよ、ということが割と昔に規定されました。
それが電子署名法3条です。
電子署名法3条
電磁的記録であって情報を表すために作成されたもの(公務員が職務上作成したものを除く。)は、当該電磁的記録に記録された情報について本人による電子署名(これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるものに限る。)が行われているときは、真正に成立したものと推定する。
これでハンコを押せない電子ファイルについても、紙の契約書と同じように扱うことができるようになったので、電子契約も実用上の運用に耐えうるものとなりました。
日本のリーガルテックも、電子契約のソリューションを提供するサービスがいくつかあり、Holmesにも同様の機能がついています。
電子契約なら印紙代がかからない、紙のやり取りをする必要がなくロケーションフリーでストレス無く契約締結ができるなど、契約にかかるコストを削減してスムーズに進めることができます。
今後の展開について
そんなHolmesの今後について、妄想考察していきます。
紙は消えないけれど、新しい”契約”のスタンダードに
夢のない話に聞こえてしまうかもしれませんが、Holmesが普及しても紙の契約書が消えることはおそらく無いと考えています。
特に、紙文化が強く根付いている大きな企業にとっては、システムを入れて仕組みを変えること自体がコストになりますし、契約類型によっては書面が必須だったりするからです。
導入コストが比較的大きいのはなぜかというと、Hubbleは完全に独自システムを入れることになるからです。
よって、導入時・導入後のコンサルがめちゃくちゃ大事なんですね(前回紹介したHubbleの”導入コストがほぼゼロ”という話と比較してもらうと分かりやすい)。
380万社を超えるとも言われる日本の企業に普及させるためには、結構時間がかかる作業です。
しかしながら、契約を”線”で管理するという発想は、少なくとも私の知る限りにおいて、1つのプロダクトでこの発想を表現しているものはありません。
導入すればあらゆる面で業務を効率化できることは明らかですし、今までコストと考えていた部分に対する認識を変える可能性すらあります(特に法務部)。
なので、紙文化は残りつつ、Holmesが新しい”契約”の形を作っていく可能性があり面白いと感じています。
契約の履行に対する信頼をどう確保するか
Holmesは、もともと「契約に関するトラブルを未然に防ぎ、紛争をなくしたい」という発想が元になっているそうです。
紛争のタネは契約フローのあらゆるところに落ちているので、それをTechで管理することにより解決しようという話ですね。
ここで個人的に興味深いと思ったのは、「契約不履行に対するリスクをどう管理するか」です。
確かに、Holmesで契約全体を管理すれば、部署間や取引相手とのミスコミュニケーションによる紛争は防げます。
一方で、”実際に取引相手が契約を履行してくれるか”という部分は、管理しきることができません(履行するかどうかは、完全に相手の意思に基づく行動でアンコントローラブルなので当たり前です)。
言い換えると、契約履行のフェーズで「契約書の見落としによる不完全履行」はカバーしうるけど、「不誠実な相手方の(単純な)債務不履行をどうすんの?」という話です。
そもそも、そんな不誠実な相手方とは契約すんなという話なのですが、(特に初めての取引相手だと)実際には契約を締結をして履行の段階にならないと分からないので、そうも言ってられません。
ここをどうにか管理できると、より「紛争をなくす」に近づくように思うのですね。
パッと思いつくのは、企業の「契約に対する姿勢」に対して信用スコアを付与することです。
信用スコアの低い企業と取引したい企業なんてどこにもいないハズなので、スコアを稼ごうというインセンティブが働いて、契約を誠実に履行するようになるという算段。
個人に信用スコアをつけるのは中国で鬼のように流行っている一方、日本ではJ.Score以外にもちょこちょこやり始めた企業がいますが、いまいち普及に火がつかない感じです。
日本だと個人のプライバシーに対する意識が強いので、なかなか信用スコアをつけるという発想が浸透しないのはわかるのですが、これが企業だとどうなるのかな、という興味もあります。
ただ、仕組みづくりがめちゃくちゃ難しいので、現実的なソリューションとしてはどうなの?と言われると……という感じです。
あと、ここにペインがあるかと言われると私に経験がない以上に、そもそも企業はカネを稼がないと駄目で、そのためには信用を稼がにゃならんので、不誠実な企業なんてほとんどいないのでは、という話もあります。
面白いとは思うんですけどね……
まとめ: 契約にパラダイムシフトを起こせるか?
色々な機能が備わっているため様々な業務の効率化に活かせる反面、導入時・導入後のコミュニケーションが欠かせない点はあるものの、普及していけば”契約”という概念そのものに対するパラダイムシフトを起こせる可能性のあるHolmes。
企業によっては契約マネジメントのポジションを独自に置いているところもあり、契約業務の効率化に対するニーズは間違いなく増えてきているように見えます。
リーガルテックが盛んなアメリカでは結構な速度で浸透してきている領域なので、日本でも同じようにムーブメントを起こしていければ相当楽しいことになりそうです。
10年後にどのような姿になっているのか、非常に楽しみなサービスです!
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